どうもあっきーです!
今回は2019年9月10日(火)~12月15日(日)の間、東京都美術館で開催されている「コートールド美術館展~魅惑の印象派~」について代表する作品たちのみどころ7作品について紹介したいと思います。
これから鑑賞に行かれる方も予習として、もう足を運んだという方もこれを読んで「そうだったのか」と新たな発見があればうれしいと思います。
展覧会の詳細については公式HPを参照ください。
フォリー=ベルジェールのバー
作品の舞台は19世紀後半のパリでにぎわっていたカフェ・コンセール。
大衆娯楽施設というべきカフェ・コンソールはシャンソンや歌劇、パントマイムなどの出し物が披露されていたそうで、マネもよく通っていたそうです。
ひときわ存在感を放つ中央に立つバーメイド。
その後ろは大きな鏡になっており、カフェの広さが伺えます。
ひげを生やした男性と話をしているバーメイドの目は上の空といった様子です。
鏡に映った男は普通なら実際のバーメイドのほぼ後ろに来る位置ですがこれは中央に立つバーメイドを際立たせるためにずらして描いたと解釈されています。
当時のバーメイドは時に娼婦として自らを売るという行為も実在していたようで、マネはそんなパリに生きる一人の無名のバーメイドに焦点をあてて描きたかったのだろうと思います。
この作品は病気療養中だったマネが亡くなる前に描いた最晩年の名作との呼び声高い作品に仕上がっています。
ちなみにフォリー=ベルジェールは時代と共に変化はあるものの現在も当時と同じ場所で営業しています。
桟敷席
桟敷席(さじきせき)とは劇場などのいわゆる見物席のことで、1870年代のパリには次々と劇場がオープンし題材となりやすかったようです。
舞台は彼らよりも下の方で行なわれているのでしょうが男性の方はオペラグラスを使って他の桟敷席にいる女性を見ているようです。
女性の方も右手にオペラグラスを持っていますが、舞台を集中してみるわけでもなく、他の桟敷席からの視線を意識しているようです。
流行のドレスに身を包んでいますが、上流階級の出身なのか高級娼婦なのかは不明です。
カード遊びをする人々
セザンヌの故郷、エクス=アン=プロヴァンスのアトリエで働く2人がモデルになっています。
傾いた机、よくみると左のパイプをくわえた男性の肩は下がり腕は長く不自然に描かれています。
セザンヌの目指す絵画は全体の色彩の調和、堅固な構図でありそのアンバランス具合が人物を際立たせています。
このほかにも4点カード遊びをする人々についての作品があり、セザンヌはカード遊びという人々の普遍的な生活を好んでいました。
今回のコレクションの持ち主であるサミュエル・コートールドもセザンヌの虜にされた一人で、最も多く作品を収集した画家がセザンヌでした。
ネヴァーモア
近代化が進む大都市パリから、原始のままの暮らしを求めてタヒチへ旅立ったゴーギャン。
裸で横たわるタヒチ人女性の視線の背後には2人の人物と室内をのぞきこむような1羽の鳥がいます。
アメリカ人作家「エドガー・アラン・ポー」が発表した物語詩「大鴉」がネヴァーモアの由来とされていますがそこには大鴉は冥界からやってきた不吉な存在としてあらわされています。
1897年この作品を描いた同じ年にフランスに残した娘の訃報を知ったことことから苦悩する画家の胸中をあらわしているのではないかとも言われています。
アンティーブ
モネは都市を描くよりも自然豊かな郊外や地方を好んで描きました。
このアンティーブの滞在も当初の予定よりも2か月長く滞在したようで彼がこの場所を気に入っていたかがわかります。
「すべてが夢のように美しい空気の中に包まれている」
と手紙に綴るほど感銘を受けたようです。
アンティーブは地中海沿いの町で、現在もヴァカンスの地としても人気があります。
舞台上の二人の踊り子
19世紀後半のパリは「バレエ」も人気の娯楽でした。
ドガはいつからかオペラ座に出入りし舞台上のみならず舞台裏や稽古場での踊り子の動きを観察し踊りの様子からふとした合間の様子までを描きました。
作品はモーツァルト作曲の「ドン・ジョバンニ」の幕間(まくあい)の踊りを描いたものとされています。
つかの間の休息時間で次の幕の振り付けの確認をしているのでしょうか。
踊り子に当たる光は右下から照らされています。
この頃は人工照明も発達したため、今まで太陽光のみで上からの光が普通でしたが下からの光の描写も描かれるようになりました。
よくみると左端にもう一人踊り子がいますが衣装がほんのわずかに見える程度で切られています。
あえて左側に大きな余白を作ることもドガの計算から描かれています。
背景の茂みは舞台のための小道具で足元にレールの線が描かれています。
花咲く桃の木々
ピンクの桃の木が咲き誇り、のどかな畑が広がる中、畑作業をする農民が見えます。
南フランス「アルル」の郊外の風景です。
ゴッホは画家として新しい表現を学ぶためにアントウェルペンからパリへやってきました。
印象派は彼の表現に大きな影響を与えましたが、同時に大きな影響を与えたのが日本の「浮世絵」でした。
貿易などにより日本絵画が浸透していた当時、ゴッホは浮世絵の色彩や構図を参考に独自の芸術を模索していきます。
作品の右中央奥にはゴッホが浮世絵から知ったとされる雪をかぶった富士山が描かれています。
アルルの風景は「まるで日本のようだ」とゴッホ自身が語っており、この作品には彼が抱いていた日本への思いが重ねられています。
最後に
いかがでしたか?
他にも有名画家の見逃せない作品が多数来日しているので一見の価値は大ありです。
作品の時代背景や画家の思いを知ることで鑑賞がまた楽しいものになりますね。
印象派好きはもちろん、印象派に興味がない方でも十分楽しめると思いますよ!
最後まで読んでいただきありがとうございました。