ギュスターブ・モロー展~サロメと宿命の女たち~へ行ってきたよ!

どうもあっきーです!

今回は2019年4月6(土)~6月23日(日)の期間でパナソニック汐留美術館で開催されているギュスターブ・モロー展へ行ってきました。

日本への来日は14年ぶりだそうでそう考えるとなかなかレアに思います。

今回も僕が気になった作品と解説を感想を交えて紹介していきたいと思います!

 

 

ギュスターブ・モローとは?

24歳の自画像

19世紀後半のフランスで現実主義が潮流となっていた時代、彼は神話や聖書を題材にした「象徴主義」の画家です。

幻想的な内面世界を描くことで真実を見出そうとしました。

「世界で一番大切な存在」としてともに過ごした母親ポーリーヌと、30年近く寄り添ってきた恋人アレクサンドリーヌがいました。

結婚はすることはなく生涯独身であったことと、画家アンリ・マティスやジョルジュ・ルオーが彼の影響を受けています。

ファム・ファタル

ファム・ファタルとは男を破滅させる女、魔性の女について描いています。

男性を誘惑し、翻弄する一方で男性からの誘惑の標的になり数奇な運命をたどった女性についての題材も描いています。

その中でもサロメを数多く描いています。

 

作品

サロメ

1875年

踊るサロメ

モローが題材にした「サロメ」とは新約聖書に源泉をもつユダヤの王女のことで、1世紀ごろの古代パレスチナに実在した女性と言われています。

その物語は父ヘロデ王の誕生日にお祝いに踊ることで褒美として母のヘロデヤにそそのかされて洗礼者ヨハネの首をねだったという話です。

モローは1870年頃からこのサロメについて数多くの連作品を描いています。

その姿は古代エジプトの女性像、インドの女神像、中世フランスの装飾などを参照して描かれたとされています。

踊るサロメは右側が余分に空いているのはヘロデ王の姿が描かれるはずだったため。

ヨハネに剣が振りかざされようとしている瞬間のサロメ

このサロメの表情はヨハネの首を欲しがったのにも関わらずいざその瞬間になると直視できず、目を背けてしまうというサロメの心情を描いています。

出現

1876年

ヘロデ王の前で踊るサロメの目の前に突如斬首された首だけの洗礼者ヨハネが現われたというシーン。

奥のヘロデ王や従者達は洗礼者ヨハネの姿は見えておらず、これはサロメ起こした幻視だととらえられます。

首からはまばゆいほどの光が放たれていてそれと対峙するかのようなサロメは幻想的な雰囲気を感じる1枚です。

メッサリーナ

ローマ皇帝の3番目の皇妃であり娼婦でもあったメッサリーナによる放埓(ほうらつ)な日々を描いています。

放埓とはほしいままに振る舞い、酒や女におぼれることで若者を誘惑している場面です。

奥の松明を持った人物は運命の3女神のアトロポスで運命の糸を断ち切るということから「死へと導く不行品」という意味を示しています。

メッサリーナを見る男性のあまりの美しさではっとした表情が印象的でした。

ヘラクレスとオンファレ

1856-57年

左の男性は数々の偉業を持つギリシャの英雄ヘラクレスですが、狂気で友人を殺してしまい、その罰として王女オンファレの奴隷として売られ愛人となる場面を描いています。

女による男の支配と言う暗示が込められています。

ヘラクレスは誠実な男性像のイメージを持っていたので題材と絵を目にした時に衝撃をうけました。

エウロペの誘惑

1868

古代ローマの詩人「変身物語」の一場面を描いたものです。

王女エウロペが牡牛に姿を変えたゼウスに連れ去られていくところです。

エウロペの表情には憧れ、戸惑いの色がうかがえ、まっすぐなまなざしでエウロペを見つめるゼウスの表情が印象深い1枚です。

一角獣

1885

一角獣は純潔の乙女にしか捕まえることができないとされる幻の動物です。

この純潔はキリスト教の聖母マリアの処女性と関連付けられています。

汚れなき女性は、清らかさゆえ男性を惑わせる存在でもありました。

水辺の近く、一本の大樹の下で豪華な衣装を身にまとい、一角獣と戯れている場面です。

ユニコーンと言われる動物と一致すると思われますがそれと女性の衣装が相まって幻想的な雰囲気を醸し出していて見入ってしまいますね。

女性の表情からは品位が感じられます。

綿密な描写ながらもこの絵は未完ということで驚きました。

パルクと死の天使

1890

この作品はモローが恋人アレクサンドリーヌを失ったときと同じ年に描かれたものです。

炎の剣をかかげ馬にまたがっている死の天使。

手前には生気がなく、うつむくように手綱をひくパルクがこちらへ歩いてきています。

勇ましそうにも見える死の天使、その表情は黒く塗られ背景の赤く染まった太陽と重なると恐怖を感じた作品でした。

第一章ではモローの作品は自画像から始まり母ポーリーヌ、恋人アレクサンドリーヌの描写があり最後にこの1m四方のパルクと死の天使が現われます。

モローの絶望が伝わる1枚でした。

 

最後に

画家ギュスターヴ・モローについてどうでしたか?

画家としてのモローと実生活のモローは僕のイメージとは乖離しているように感じてしまいます。

生涯母と恋人との愛に満ち溢れていたように思えるモローがこうした愛欲におぼれる様子を描くのはどういう心情だったんでしょうか。

晩年引きこもりだったというモローの中には女性は純潔であるべきという気持ちと裏腹にモロー自身もそんな放埓を垣間見る瞬間があったんですかね。

また出品リストを見てみると制作年代がほぼ空白、わかっていないというのも、現実の世界をとらえられない点が多いからとも言われているそうです。

一見グロテスクかと思いきやファンタジー溢れる作品だったりとモローは感受性豊かな人物だったのかなと感じました。

気になった方はぜひ一度見に行ってみてはどうでしょう?

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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